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松本と、暮らしと、ものづくりと、ひと 松本と、暮らしと、ものづくりと、ひと

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松本と、暮らしと、ものづくりと、ひと。

2023/7/28

むすび農園

土と一緒にある生活が
一番気持ちいい

◉旅人インタビュー・文=小倉 崇 写真=木吉

 農を業とした生業にするとなると、作物を育て販売して生計を立てることになる。一般的な農家のイメージとはそのようなものだと思う。だが、農家には、また別の成り立ちもあることを、中山地区にある『むすび農園』は教えてくれる。人間は、誰しも食べなければ生きていけない。だからこそ、生きていくこと、暮らしていくこと、その中の一番根っこの部分である、自分たちが食べるものを、自分たちで育てたいと思い、土に立つ人は全員が農家なのだ。そんな農家たちが集うコミュニティとしての農園が『むすび農園』なのである。茨城から移住して10年を超える歳月を迎える『むすび農園』。主宰する阪本考司(さかもとこうじ)・瑞恵(みずえ)さん夫妻を訪ねた。

山麓線での不思議な出会い

 阪本さんご夫妻は、2011年に起きた東日本大震災をきっかけに、それまで夫婦で農家として生計を立てていた茨城から松本へ移住してきた。

「移住する前にも、旅行で松本には来ていました。風景も美しいし、食べ物も美味しい土地だなと思っていましたが、まさか移住するとは当時は思ってもみませんでした」と話す考司さんが、松本へ移住することを決めたのは「神から呼ばれた(笑)」からだとか。

阪本瑞恵さん(左)、考司さん(右)

高台にある畑からは市内が一望できる

「移住先でも農家をしようと思っていましたから、関西地方とかもあちこち見て回ってはいたんです。そんな中で、ひとつの候補として松本へ来て、中山の家を紹介されたんです。山麓線から見える風景が綺麗で、すごく気持ちがいい土地だなと、すぐに気に入りました。借りれる畑も近かったですし、人も親切にしてくださって。『ここかもな』と思った時に、胸の中で、『神様、もし、ここに決めるのなら、その確信をください』って言ってたんです」

「めちゃくちゃ怪しい話ですよね」と笑いながら、瑞恵さんが話を引き継ぐ。

「でも、その時、滅多にパン屋さんに行かない夫が車をパン屋さんに停めて。お店の中に入ったら、茨城で同じように農業をやっていた友達がなぜかそこにいて」

「ばったり会った瞬間に、その友人に一言目に『松本で決まり』って言われたんです」(考司さん)

「その友人は女性なんですが、今はむすび農園のスタッフで、一緒にやっています。なくてはならない人になりました」(瑞恵さん)

土についてもっと知りたいという瑞恵さん

有機農業は社会や地球をよくする実践

 そうして、松本に暮らすようになって、改めて松本の魅力に気づいたと瑞恵さんは言う。

「畑やっていると、あまり街に出る時間はないんですが、それでも、ふと思った時に、劇や音楽を聴きに行ける文化的な場所があったり、食事も美味しいお店がたくさんあるし、なんていうか、それぞれに個性があって、多様で味わい深いんですよね。そういう場所で出会う人たちって、繋がれて仲間になれるんです」

「繋がる」と「仲間」という言葉は、そもそもが、市民活動で出会ったお二人にとって、自分たちらしく生きていく上での指針となるキーワードだ。社会や世界、地球をより良くしたいとの思いを持っている二人は、松本に移住すると、イベントを積極的に開催した。考司さんは、松本城でアースデイ(※1)を、瑞恵さんは自身が一番好きな映画「アレクセイと泉」の上映会を市内で開催していく。

2015年に松本城で行われた「アースデイ信州2015」の様子(写真提供=阪本瑞恵)

「去年は、『ブータン 山の学校』という映画の上映会をしたんですけど、映画が終わった瞬間に来場者の方たちから自然と拍手が生まれて、泣いてらした方もいっぱいいて。そういう光景を見ると、やってよかったなって心から思いますね。ただ、ここのところ、改めて思うことがあって。むすび農園が実践している有機農業自体が、社会や地球を良くするための実践なんですよね。そう思うと、むすび農園に来てくださっている方たちに畑を経験してもらって、収穫したものを食べてもらっていること自体が、毎日のアースデイなのかなって思うんです」(考司さん)

栽培計画や技術指導は夫の考司さんが担当

自分らしくいられるのが畑

 現在、むすび農園にはスタッフが30名。定期的に通う方も含めると50名もの人々が関わっている。

「松本は冬に畑作業ができないから農家だけでは食べていけないので、夫が外で勤めるようになって。でも、そうすると私一人では出荷が回らなくなってしまうので、出荷のお手伝いしてくださるメンバーを募集したことから始まりました。主に子育て世代の方々が集まってくださって。最初は宅配の出荷のお手伝いをお願いしていたんですが、集まってくださった方から畑作業も手伝おうかと仰ってくださって、そこからだんだんと畑や収穫作業もみんなでやるようになりました今日も何名かいらしてくださってますよ」との、瑞恵さんの話を聞いて、畑へもお邪魔させてもらうことにした。

手慣れたメンバーが手際よく準備を進める

生姜の植え付けがこの日のメイン作業

畑仕事のお手伝いは食育につながる

農薬を使わないので除草もみんなで

年齢も多様な畑で繋がったメンバーたち

 高台の、松本市内や山々の峰が見渡せる畑では、数名の女性たちが生姜の植え付けを行なっていた。熱心に作業している女性に話を聞くと、娘さんからむすび農園のことを聞き、見学に来て以来、すっかりここの畑に魅了されて、今では毎日のように通っているという。「おふたりの人柄も素敵ですし、なによりも、この畑いることが気持ちが良くて。それに、農作業するようになって以前よりも体力もついて健康になってるんです」と嬉しそうに話してくれた。

 確かに、この畑に来てから、とてもリラックスした気持ちになっていることに気づく。それは、単に眺めが良い場所だからというだけではないと思う。畑全体から感じる心地良い波動は、土からきているんじゃないかと思った。農薬や化学肥料を使わない畑の土は、きっとたくさんの微生物たちが活発に活動しているのだろう。早速、人参の畝の草抜きをしている瑞恵さんの手伝いをしながら、土について聞いてみた。

初めて参加するメンバーとも会話が弾む

「私は、土と一緒にある生活が一番気持ちいい。自分らしくいられるんです。茨城で農家をはじめた当初は、教わったことをそのままやっていたんですよね。例えば、野菜の品目や生育の過程で肥料を足したり引いたりとかして。それが、野菜を育てることなんだと思っていたんです。でも、実はそうじゃなくて、土と植物は菌を通して繋がっていて、その中で栄養とか微細なやり取りをしていくことで、土と野菜がお互いに生きてるんだなと気がついたんです。だから、農業を始めて15年になるんですけど、改めて土のことを勉強したいと思っているんです」

 以前は、綺麗に育っているなとか、葉っぱが虫に食われているなとか土の上の目に見えることばかりを気にしていたが、今は、葉っぱが虫に食われていたら、土の中でどんなことが起きているんだろうと想像するようになったという。

「土って種の塊なのかなって思うこともあります。いろんな種がいっぱい土の中にはいて、それぞれの種にとって適した環境が整ったら、それぞれの草たちが生えてくるんじゃないんですかね。目には見えないけど、土の中には菌や微生物生きているものがたくさんいるんだと思うんです」

ニンジンや葉物のグリーンが美しい

野菜たちも土のエネルギーをもらっている

 そんな話をしていると、考司さんと娘さんがやって来た。考司さんは、ゆくゆくは肥料を減らして、土の力で野菜を育てていきたいと思っていると言った。

「肥料を使った方が、野菜は作りやすいし、味もわかりやすくなるんですけど、でも、肥料が少ない方が土にとってストレスがないと思うんです。それが一番いいんじゃないかなって」

「土と農の関係って、医学とか健康について思ってることにも繋がるんですよね。野菜を食べてくれた人から『むすびの野菜を食べると、すごくエネルギーを感じる』って言ってくださったことがあるんですけど、それって、やっぱり畑の土自体が自然の健康的なエネルギーを持っているんだと思うんです。その土のエネルギーをたっぷりもらった野菜だから、野菜たちも元気なんですよね」(瑞恵さん)

瑞恵さんは醤油や味噌も自分で手作り

この日の昼食は野菜のかき揚げそば

 話を聞いていて、そして畑に集まっている人たちの生き生きとした表情を見ていると、市民活動、社会活動が原点だった阪本夫妻は、畑を耕しながら、地域や社会も耕しているんじゃないだろうかと思った。そして、畑と土と人と暮らしを結びつけているのではないか。そう考えると、『むすび農園』という屋号ほどふさわしい屋号もないだろう。

それを瑞恵さんにいうと、「名付けた時は、大地や人の結びつきって意味でつけたんですが、結びって産土(うぶすな)って書いて、色んな命を産み育てる神様の名前なんだそうです。今、こうしてたくさんの人とのご縁や社会との関わりをしていることにぴったりな名前なんだなって思っています」と、照れたような恥ずかしそうな表情で話してくれた。その時、隣にいた娘さんが「お腹空いた」と言った。「じゃあ、カブ穫って食べたら」と瑞恵さんが応える。「そうする!」と言って、娘さんはカブに向かって柔らかな土の上を走っていった。

子供たちにとっては畑は最高の遊び場

※1 1970年アメリカのG・ネルソン上院議員が、4月22日を”地球の日”であると宣言、アースデイが誕生した。アースデイは、地球環境について考え感謝し、行動する日とされており、世界中で環境にまつわるイベントや、企業による企画が開催されている。国内では東京や大阪で、毎年アースデイにちなんだイベントが開催されている。

 

むすび農園
長野県松本市中山3504-2 (ナビの場合は、”中山3505”で検索してください)
tel:0263-58-5086/070-5580-2520
Email:musubi@kni.biglobe.ne.jp
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むすび農園 オンラインストア
むすび農園で無農薬でつくられ収穫された、野菜セット(単発/定期便)・お米の定期便・季節の販売物などがむすび農園オンラインショップで初夏~冬までの期間注文できます。
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