
2023/3/8
REVONTULI
山々をのぞむ街で
“好き”を集めた自分の世界をつくる
◉旅人インタビュー・文=川瀬佐千子 写真=木吉
スタイリストの荻野玲子(おぎのれいこ)さんが松本市蟻ヶ崎にヴィンテージショップ「REVONTULI(レヴォントゥリ)」をオープンしたのは2022年の夏のこと。東京で雑誌や広告の仕事をしながらこの場所でお店を始めたきっかけをたどるとそこには燕岳があり、また彼女のつくりだす世界をひもとくとそこには誰かから受け継いだ古き良きものへのやさしいまなざしがあった。
使っていた人の気配が愛おしい
窓から入る光は明るく、こじんまりとした店内を満たす。ソファにはクッション、シェルフの上には季節の雑貨、棚の中には手芸用品や文房具、テーブルには食器が並び、ガラスのショーケースにはミニチュアの家具たちがおさめられている。そこは、店というよりもお気に入りを集めた誰かの部屋のよう。
「誰かのおばあちゃんの家みたい、っていわれたこともあるんです。うれしかったですね。大切に使われてきた古いものたちがあるという意味では、おばあちゃんの家みたいな雰囲気になるといいなと思っていたので、それを感じてもらえたんだなって」
と、ヴィンテージショップ「レヴォントゥリ」のオーナー荻野玲子さんはいう。
荻野さんは、スタイリストとして雑誌や広告の世界で活動しながら、2022年の夏、松本市にこの店をオープンした。扱っているものはすべて荻野さんがヨーロッパを中心に各地で集めてきた雑貨や手芸道具、食器などのヴィンテージアイテムだ。ヴィンテージといっても、その由来や希少性を重視するのではなく、荻野さん自身が「かわいい」「すてき」と感じたもの、好きという直感で選んだものばかり。
糸やリボンなど手芸用品も並ぶ
「お店を始めるにあたって、それぞれのアイテムのルーツなどを調べるようにもなりました。そういうストーリーがお客様がものを選ぶときのひとつのきっかけにもなるし、ここにあるものたちの魅力を増すことにもなるのだということを実感しているので」
店内を見回してみると、ハンドペイントの柄や素朴な刺繍があしらわれたものが多いのが印象的。訪ねた時は刺繍のクッションが所狭しとソファの上に並んでいた。これは、ヨーロッパの蚤の市で集めた刺繍の額装品や椅子の座面だったものを、今の暮らしの中で使えるようにリメイクしたものだ。
「プレーンなものではなく、ちょっとした手描きの柄やささやかなあそびのあるものに惹かれるんです」
それは作り手の気配があるものということ? と訊ねると、しばらく考えてから「どちらかというと、使っていた人の気配のあるものに惹かれるのかもしれない」と答えた。
「たとえばキルトのシミに『赤ちゃんが使っていたのかな、ミルクのしみかな』と想像して愛おしい気持ちになったり、蚤の市で買った犬の肖像画には『誰かの大切な家族だったのだろうな』と思いを馳せたり。どんな人が持っていてどんな風に使っていたのかを想像するのが楽しいんです。そういうふうにこれらのものたちは人々に大切に使われて私の手元にやってきたんだと思うと、本当に貴重に感じます」
そうしたら、売れてしまうとさみしいでしょう?と聞くと、「そうなんです、さみしいです。商売人としてはアマチュアですね」と荻野さんは笑う。
刺繍のクッション、いろいろ
自分の“好き”を思い切り表現したい
荻野さんが松本にお店をつくろうと決めたのは2年ほど前。東京で忙しく仕事をするうちに、思うところがあったのだという。
「雑誌や広告のスタイリングの仕事は、基本的には新しい商品を紹介するものです。それは、消費者の方々がものを選ぶためのお手伝いになるのだと思いますし、とても大事な仕事だと思うのですが、私自身はこういう古いものや、受け継がれてきたものも好きなので、そういったものに触れる機会も増やしていきたいなと思いました。仕事以外の場所でも、自分の“好き”を思い切り表現できる場があったらいいな、と思うようになったんです」
1920〜30年代に日本のパン屋さんで使われていたというアンティークのショーケース
長い間集めてきた自分の好きなもの――古い食器やテキスタイル、ミニチュアや手芸用品、文房具に雑貨――を誰かに見せたい、届けたい。はじめはオンラインショップというやり方も考えた。
「でも、自分の強みはやはりディスプレイして世界をつくることですし、やっぱりお店の方がいいのかな、と足踏みしていました」
その一方で、暮らす場所についても考えるようになる。スタイリストとして多忙を極めるようになっていく中で、自然に触れると日々の疲れが癒えることを感じるようになっていったという。
「もともと、人混みが苦手で。東京という場所に固執しなくても良いのではないか、と思うようになりました」
色も形もさまざまなボタン
燕岳との出会い
荻野さんは東京生まれ東京育ち。雑貨やミニチュアが好きな母と、文房具好きのハイカラな祖母の影響を受けて育った。「二人を足して2で割ったのが私なんです」と、小学生の頃は雑貨屋さんになるのが夢だったという。
「雑誌を見てお店を調べては、雑貨や文房を扱うお店にいろいろ行きました。大好きなお店が東京の自由が丘にあったんですが、大学生の時にはそこを運営している会社を調べて、募集がないのに『働かせてください!』と頼み込んで、アルバイトもしていました」
その頃にもうひとつはまっていたのが写真。大学の写真部に所属するだけでなく、ダブルスクールで専門学校にも通っていたというから、その本気度も伝わるというもの。
「そのうちに、雑貨のスタイリストという仕事を知って『写真と雑貨という好きなもの両方に関われる仕事があるんだ!』と知り、その仕事について調べるようになりました」
箱の中のスタンプを選ぶ荻野さん
そして大学卒業後、フリーランスでアシスタントを経験した後、洋服から雑貨、インテリアと幅広く手がけるスタイリストの岡尾美代子さんに師事した。そしてスタイリストとして独立したのは2013年のこと。
ちょうどそのころ、荻野さんの人生を動かすもうひとつの出会いがあった。それは、北アルプスにある燕岳(つばくろだけ)。標高は2,763m、アルプスの女王と称される美しい山容で、花崗岩の白い肌のオブジェのような岩々が特徴的な山だ。
「初めて登った時、『まるでラピュタに出てくる世界みたい!』と思いました。雲の上にそびえる岩山の幻想的な様子は、まさしく天空の城でした。以来、山登りといえばほとんどこの山にしか登ったことがないくらい、好きになってしまったんです」
ぬいぐるみや陶器のオブジェなど、動物のアイテムも多い
かつてある人に「あなたは自然の近くにいたほうが良い人だ」といわれたことがあったという。そのうちに、燕岳に登るのが好きだったこともあり、山の近くに暮らす、長野に暮らすというイメージが自分の中に像を結んだのかもしれない、と今、荻野さんは振り返る。
「特急あずさで松本に向かうと、山梨と長野で山の雰囲気が違うと感じませんか? 山梨の山はもこもこと丸いんですよ。長野の山はシュッとしていて、どこか北欧の雰囲気も感じます。季節によっても表情が変わります。そんな山々の風景が好きなんです」
そんなふうに自分の中に膨らんできた二つの思い――店という形で自分の世界を作りたいという思い、そして山のそばに暮らすことへの憧憬――は、松本で「レヴォントゥリ」という形になった。
店名のREVONTULIはフィンランド語でオーロラの意味
二拠点生活のよろこび
松本駅から北に伸びるこまくさ道路を駅から歩いて15分ほど。蟻ヶ崎高校を過ぎて少し坂を登った右手に深緑色の外壁が印象的な「レヴォントゥリ」が見えてくる。ここには以前は新刊と古書を扱う本のセレクトショップ「本・中川」があった。「本・中川」が移転となりここが空き物件になるという話を聞いた荻野さんは、松本に暮らしの拠点を移すことを決意した。
「住居兼店舗の物件だったので、家と別に店舗物件を借りるよりも負担が少ないし、自分のペースでお店をできるんじゃないかと思えたんです。この場所と出会えなければ、お店を持つということはまだまだ夢のままでした。縁あってこの場所と出会って、こうして自分の世界を持つよろこびを得ることができた。東京でのスタイリストとしての仕事にも新しい気持ちで取り組めていますし、いろいろなものに触れてその上で好きな世界を持つということが大切だということにも、改めて気がつけました」
深い緑色の外壁が目印
だから荻野さんは今も、東京と松本を行き来して、二拠点で仕事と暮らしを営んでいる。
「そんなにかっこいいものではありませんよ。身もお金も削りながら、です(笑)」
それでも、アルプスの稜線が見えるこの街に戻ってくると落ち着くという。
「なんというか、ここではちゃんと生活をしている、という実感があります。松本は、水がおいしくて、果物や野菜もおいしい。だから、近くのスーパーで地元の食材を買ってきてごはんを作って食べることがたのしい。そういう普通のことをしているだけなのに、とても充実した暮らしを送っていると感じられます。それが私の二拠点生活のよろこびです」
- REVONTULI(レヴォントゥリ)
- 長野県松本市蟻ヶ崎2-5-6
営業:土曜日・日曜日の12時〜18時 - Instragram:@revontuli_vintage
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